ヒト族のひとりが  ーーー  イランの、日本のヒト族に好奇心

中東、特にイランのネットを散策しながら出会ったニュースや話題を紹介する。ペルシャ語やダリー語、アラビア語やトルコ語のネット世界からなにが見えるのか。

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Name: yeki

10年近く前から東京に住んでいるが、部屋の窓から都会とは思えないような木々が見える。 なんの「エン」か知らないが、恐らく一生、イランと日本に深く付き合うことになるだろう。 宗教と歴史、ナショナリズムと女性問題に特に興味がある。このマンガは20世紀初期にカジャール朝の王、MOHAMMAD ALIをモチーフにしたものだ。

Monday, June 26, 2006

世界初の女性民間宇宙飛行士は誰なのか?



 在米イラン人で最近話題になっている人はアニュシャ・アンサリさんだ。宇宙開発を目的とするX-Prizeに数百万ドルを投資したことで有名だ。その上、早ければ今年中に初の民間女性として、宇宙旅行に出るかもしれない。下記のニュースをご参考に。


 しかし、私は気になるのは、彼女の名字「ANSARI」 という名前だ。聞くだけで、すぐにHoushang Ansari (英語の綴りでAnsaryとも書く) という大物を思い出す。1979年まで続いていたパーレビ王朝で、元大蔵大臣でイラン石油機構のトップを勤めていた人だ。革命が近づく といち早くイランを出国した。このとき、外国に持ち出した資産は、なんとも桁違いだったようだ。パーレビ王の資産の運用も任されていたこともあって、その額には幅のずれは大きい。このアンサリさんも今、米国で資産家として非常に有名だ。ブッシュ政権を資本面でバックアップもしている。

 確かに、偶然の名前の一致かもしれないが、どうなのだろう。二人の関係は探れたら、後にブログにアップする。ダメでも、元大臣がイランの核施設設置に深く関わっているので、それについて書く。


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 Space.comやSpaceDaily.comなどによると、Dice-Kと共に訓練している、X Prizeの出資者であるアニューシャ・アンサリ氏(Anousheh Ansari)が、ロシア側と宇宙旅行の仮契約を結んだと、ロシアの各メディアが報じているようだ。

 現在、Dice-Kのバックアップクルーを務めているアニューシャ氏だが、ロシアのメディアによると、アニューシャ氏は2007年春、自ら宇宙に行くかもしれないようだ。

 以前の記事で書いたように、2007年春の飛行は元マイクロソフト社のプログラマーである、チャールズ・シモーネ氏(Charles Simonyi)が予約しているが、シモーネ氏はまだ訓練を開始していないため、その可能性は十分にある。

 また、ロシアのメディアは2007年秋の飛行で、アニューシャ氏が宇宙に行く可能性もあると報じているが、いずれにしても、もしアニューシャ氏の宇宙旅行が実現した場合、彼女は世界初の女性民間宇宙飛行士、イラン人初の宇宙飛行士となる。

 なお、アニューシャ氏との契約やこれらの報道について、スペースアドベンチャーズ社(SA社)からはまだ何も発表されていない。一方、RSC Energia社の職員は、ロシアのメ ディアに対しこう述べたようだ。

 「エノモトとアンサリは、ソユーズ有人宇宙船の操作に熟知したよ。」

 アニューシャ氏は1967年にイランで生まれ、1984年にアメリカへ移住した。ジョージ・ メーソン大学、ジョージ・ワシントン大学を経て、夫と兄弟らと一緒にテレコム・テクノロジーズ社(TTI)を創業し、2004年にはX Prize財団に数百万ドルの出資を行い、X Prizeの名前をAnsari X Prizeに変えた。

 現在、アニューシャ氏らはProdea社を設立し、SA社などと協力して、高度100kmまでの弾道飛行を行う宇宙船「Explorer」の開発を進めている。「Explorer」は5人乗りの有人宇宙船で、完成後、シンガポールやアラブ首長国連邦に建設される宇宙船基地(SpacePort)に配置される予定である。この開発にロシア側も関わっているとみられる。

 ■X Prize Sponsor May Become First Female Space Tourist
 http://www.space.com/news/060509_ansari_isstrip_report.html

 ■Iranian-American Woman In Line To Be Next Space Tourist
 http://www.spacedaily.com/reports/

Friday, June 23, 2006

ガーダ。 銃声下での日常とは


 突然、銃声が鳴り響く。
 一ヶ所から連発して発射されているようだ。
 親戚の家に集まり、庭で夕食の支度をしながらお喋りをしていた女性たちは、雷雨でも降り始めたかのように、慌てることもなく少しずつ屋根のある部屋に移動する。
 あちらこちらに銃弾の跡が残っている部屋だ。
 玄関の外の道路は、銃弾そのものが飛び交い、角の建物の屋上にあるトーチカから銃を構える兵士が一瞬覗ける。
しばらくしても銃撃音が鳴り止まないことに痺れを切らした様子の女性たちは「相手は、この銃撃を続ければ、われわれはこの土地から去ると思っているだろう。でも、いつかは死ぬのだから、脅えったって仕方がない」と子供の手を引きながら帰宅を急ぐ。
壊されら壁と壁の間をすり抜ける女性たちの後姿はなんともたくましい。 

 これは、先日渋谷で見た「ガーダ、パレスチナの詩」というドキュメンタリ映画の一シーンだ。
 中東を研究し、パレスチナを知っているつもりになっている私だったが、映画を見終えて、はじめてパレスチナやパレスチナ人の日常を実感した。そこには、結婚式に至る両家の議論もあれば、病院で出産で苦しむ女性の顔もある。そして、その延長であるかのように、イスラエルの戦車や兵士が構える銃で命を落とす人々の生活そのものがある。「生々しすぎて、現実に捉え切れない。まるで映画のようだ」と日本人の友人が言う。
 18年にもわたるこのドキュメンタリ映画を撮ったのは、古居みずえという日本人の女性ジャーナリストだ。37歳でリュウマチを患ったために、OLを辞め、「一度きりの人生で何かを表現したい」と現地で取材を始める。
 パレスチナ人の日常をこれほどなリアルさで表す彼女は、もはや現地人としかいいようがない。
 世界における日本人の役割は決して、小さくない。

 復興に貢献するといって、イラクに派遣された自衛隊はもうすぐ撤退する。自衛隊のホームページには、ヘルメットを被ったまま、子供たちと手をつなぐ自衛隊員の写真が写され、そこに「イラクの子供たちとふれあいの様子」というタイトルが貼られる。米英兵と違って、人々を銃で撃っていないと強調したいようだが、果たしてそのイラク人子供からみれば、ヘルメットの兵隊さんは、兵隊以外の存在に思えるのだろうか。そして、現地の街の風景さえ、自衛隊の撮影する映像から読み取れない。
 日本人の貢献は自衛隊のこの活動だけだろうか。
 頭でっかちで「知る」のではなく、肌で「感じる」パレスチナ人の日常を実感できる日本人女性監督のこの映画をぜひお勧めしたい。

 土地勘があると思っていた私でさえ、はじめてといえるほど、その日常を生々しく感じてしまった。サイトは:http://www.ghada.jp/

Monday, June 19, 2006

矛盾そのもの!

「朝から晩までネットを読んだとしても、イランが判るはずもない!」
最初に宣言させてください!

私のようにネットを頼りに、イランを分析しようと思っていたヒトが大恥を書いたのは、ちょうど一年前の2005年6月17日だった。ペルシャ語ネット世界では、「投票ボイコットを行うべきか否か」と「参加するのであれば、経済開放推進派のラフサンジャニ師とインテリのモイーン博士のどちらを選択するのか」という二つの議論だけが目立っていた。
しかし、結果はご存知の通りだった。投票率63%に、アフマディ・ネジャード氏の当選。
(ちなみに、「郵政解散」あれほど盛り上がった2005年9月の日本の衆議院選挙投票率が67%)このブログで、主に、ペルシャ語で書かれたブログでの話題を紹介する。

ネットは頼りにならないといいながらネットを頼りにし、ネット上でそれを紹介する。
重なる矛盾だが、できるかぎり長く続けるつもりだ。